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「セットリング ウィズ パワー」 防災ヘリ墜落事故 [ヘリコプター]

埼玉県で防災ヘリが墜落しました。詳しい状況がわかっていないので、詳しいコメントはできません。
しかし、ニュースで「セットリング・ウィズ・パワー」に陥った可能性があると書いてありました。

このあたりについて書いてみます。

英語版wikipedia 「Settling_with_power」 です
http://en.wikipedia.org/wiki/Settling_with_power



まずは事故の報道を引用してみます。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100726k0000m040154000c.html?inb=yt

 航空事故調査官は26日、現地入りし、事故原因の究明が本格化した。調査官は同日、県警ヘリで現場上空を約1時間視察。その後、事故現場の写真分析や、救援作業に当たった秩父署山岳救助隊員などから事情を聴いた。
 小杉英世統括航空事故調査官は26日午後、報道陣の取材に「事故原因の推測はいくつかあるが、現時点では申し上げられない。機体を上から見ただけでは原因は特定できない」と話した。
 一方、小杉調査官はホバリング(空中停止)状態から降下する際にセットリング・ウィズ・パワーが起こった可能性について、「(事故原因としては)否定できない。ただし、証拠は残っていない」と指摘した。この現象は「ヘリが下に降りようとすると、自分でつくったダウンウオッシュ(下降気流)に入ってしまって落ちていく」もので、「現場の状況でセットリングに陥ったら逃げ場はない」という。

 また、上空から撮影した写真の事故現場右岸の木に「(ヘリの)メーンローターで切り払われた跡があった」と明らかにした。

 ヘリは滝つぼに落ちた沢登りグループの小野千枝子さん(55)=死亡=を救助しようとしていた。ヘリからワイヤで降下していて無事だった2人の搭乗員は、25日夜の県防災航空隊などの聞き取り調査に「降下して着地する直前、つり下がっていた体ががくっと下がり、着地時に転倒した。ほぼ同時にバタバタという聞いたことがない異常音が聞こえた」と証言した。

 26日に会見した小野さんの同行者で一行のサブリーダー、武重公明さん(55)は「ワイヤで引っ張られるような感じでヘリが落ちた」と話した。

【用語解説】セットリング・ウィズ・パワー
 ヘリコプターのメーンローター(主回転翼)が吹き下ろす下降流に機体が入り込んで降下し、浮き上がれない現象。出力を上げても脱出できず、抜け出すためには前方に速度を増す必要があるため、山岳地帯を低い高度で飛行している場合は対応が難しい。平成16年に福井県で、この現象のためヘリが海に墜落する事故が起きた。





まず、セットリング・ウィズ・パワー(以下セトリング)というのは英語で「Settling with power」であり、set ring では断じてありません。だからそもそも「セットリング」という風に訳すのは間違っています。「セトリング」でしょう。実際の発音でもそうとしか聞こえません。
Settleというのは、航空英語では「沈下」という意味です。降下ではなく沈下です。つまり、直訳すると「出力を使用しながらの沈下」ということです。まあ、直訳というか、そのままの言葉ですがなかなか深い言葉です。

まずは参考ページを載せてみます。

再掲ですが英語版wikipediaです
http://en.wikipedia.org/wiki/Settling_with_power

FAAのマニュアルのページです。自由にダウンロードできます。
http://www.faa.gov/library/manuals/aircraft/
ここの「Rotorcraft Flying Handbook」の「11-5ページ」に解説があります。かなりまとまっています。オススメ。


日本語ではこちら
オレゴンチョッパー(ミラーサイト) 、応用空力 の項に解説があります。超実際的です。
http://homepage1.nifty.com/Heliport-K/or_chpr/index.html




上記のRotorCcraft Flying Handbookにも書いてありますが、セトリングはVortex Ring Stateとほぼ同義です。パワーが有効な推力にならず、渦の成長に消費される状態ということです。

ちなみにセトリングはディスクローディング(ローターの作る円盤面積あたりの重量)が軽いほど(=誘導速度が低いほど)起こりやすくなります。
逆に高速性能を重視して、小さめのローターをハイパワーエンジンで押し切る設計のヘリほど、理論的に起こりにくくなります。R22はたぶん起こりやすいほうなんでしょうね。

訓練でも散々やらされます。R22でも上空で何度かやってみましたが、かなり怖いです。特に、沈下に入るとパイロットは本能的にコレクティブを引いてしまいますが、それでも沈下が止まらない恐ろしさは、言葉では言い表せません。
ちょうど自動車が凍結路でタイヤがロックしたときに、「頭ではブレーキを緩める必要がある」とわかっていてもできない、あの感触ですね。

沈下させてコレクティブを引き上げると、昇降計の針が見る見る下がって1000-1500fpm(feet per minites)などになります。訓練なので高度が十分ありますが、今回は地面近くだったのでしょうね。その場合は対処法はないでしょう。
また、ものすごい振動がきます。今回も異常振動があったそうですが、セトリングであった可能性はあるのではないでしょうか。

高度がある場合の正しい対処は、サイクリックを前に押して前進することです。セトリングに入ってしまっても、ある程度サイクリックは効くので、前進してセトリングを解除してから普通の操作をしろと書いてありますね。
どこかでは、セトリングになったら「オートロに入れろ」というのも見たことがあります。セトリングはパワーがアプライされていなければ起こりえないので、オートロにしたら脱出できます。
いずれにしても、高度が必要です。どちらの対処でも一気に高度を失います。


山岳だと高高度(まあ正確に言うと、高密度高度=低い空気密度)でもあり、対地高度も操作の余裕もないでしょうから危険でしょうね。さらに吊り上げなら最悪の条件でしょう。

高高度は怖いし、速度ゼロも怖いです。地面のすぐ近く以外でのホバリングというのはあまり気持ちのいいものではないですが、それはパイロットならわかると思います。しかし操縦したことがなければ理解しにくいかもしれません。

高度が高くて空気密度が低いとか、温度が高くて空気密度が低いとかいうことが今回の報道によく出てきます。「空気の密度が低いのがそんなに関係あるんかいな」と思う方もおられると思いますが、多いに関係あります。とくにヘリは性能が密度高度にかなり影響されます。ものすごく重要です。これも実際に操縦するとよくわかります。高度が高くて高温だと、とにかく浮きません。とくにR22のような低出力ヘリだと顕著です。

参考 高度の種類
http://www.cfijapan.com/study/html/to099/html-to099/072a-altitude_type.htm




いつもこの手の報道を見ていて思いますが、「だからヘリは危険である」というような論調の報道はやめて欲しいです。

たとえば、ヘリがジェット旅客機と同じ運用をしたら事故は激減するでしょう。離陸、着陸は設備の整った空港の滑走路から、滑走路の方向は風向きで決められ背後からの風での運用はしない、けが人の救出はしない、天気が悪ければ飛ばない、といった運用なら今回のような事故はおそらく起こらないでしょう。
しかし、それでは何の意味もありません。防災ヘリは危険な条件の下で「ヘリでしかできない仕事」をしているわけです。
たしかに事故率は高いと思いますが、スタッフはそれもわかった上で体を張って仕事をしているはずです。そして、命を救うことにプライドを持って飛んでいるはずです。その意味で、そのようなスタッフたちのプライドに配慮しない報道はやめて欲しいです。

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